白書2015(平成27)年期 【2015年(平成27年)10月~2016(平成28年)9月まで】
統計
読んだもの 38件(№61~№98)
総ページ数 約11,065ページ(1件あたり291ページ)
調べた数 5,747項目(1件あたり151項目)
一通り読んだ時間 1件あたり6日19時間10分
読み始めから編集終了までの時間 1件あたり10日7時間35分
※「冊」ではなく「件」にしたのは、本以外を取り上げることがあるからです。
※読んだもの№61は一通りの読み終わりが平成27年9月30日(水)から、読んだもの№98読み終わり(編集終了)平成28年9月20日(火)まで。
成果物
成果物はありません。
2016(平成28)年1月25日(月) レスポンシブ仕様に全面改装しアップロードしました。改装時間に多くの時間を使いました。
経過など
1 並行して本を読む
違う本を読む時期が重なる読み方です。前期(平成26年期)にも、この読み方になったことがあります。
難しい本を読んでいると、調べることが多く、なかなか読み進められません。理解しづらく、気持ちが重くなります。決定的なことは、読む調子が崩れてしまうことです。
わからない言葉や文章を何回も見ることになります。それらについて、調べる時間、理解度など、かかる時間と満足は違ってきます。一定のリズムを取りづらいのです。
調べること、理解に努めることは、内容を知るには必要なことです。しかし、文字が、流れずに、動きにくくなっていく感覚があります。文字や文章を眼で追う読み方になりそうです。
一定のリズムを保つように、眼の動かし方を忘れないように、違う本を並行して読むことにしました。
内容のやさしいと思われる本を選んだわけではありません。ただ、文科系の分野に対しては、違う分野のものを読むようにしました。同じ系統、たとえば中国の思想で「論語」と「孟子」を並行しては読まないようにしました。内容がこんがらかるからです。
中国の思想シリーズを読んでいると、理解のしづらさと味わって読みたいとの気持ちから、時間をかけたいと思いました。その時に、理科系の分野の本は、興味深く新鮮に感じました。そのうち、中国の思想シリーズに慣れて、読めるようになってきました。
多くの本を読むために、同時並行して読書することはよく言われています。しかし、それとは違う理由で、同時並行的に読んだ方がいいのです。それは、読むリズムを一定に保つことにおいてです。
なかなか読み進められない本の場合、時間がかかるだけに、崩したリズムを習慣にしてしまう気がします。悪い癖をつけると、後々に影響があります。
同じ本を何回も読むのが、読書の上達法というのを聞いたことがあります。これは、自分の読むリズムを一定に保つのに役立ちます。ただ、何回でも読める本に巡り会うのは、いつかということです。
難しい、読み進められないと感じたら、興味があるか、自分の得意分野の本を読むと、リズムを崩しにくいと感じました。ダメだと思ったら、読むのを中断し、同じ分野の違う本を選ぶ工夫も必要だと思います。
2 シリーズ(叢書〔そうしょ〕)を読む
初めてシリーズに挑戦しました。徳間書店さんの中国の思想12巻と別巻です。
読もうと思った理由は、日本の社会に、中国の思想がどの程度あるのかという疑問があったからです。取り上げた書籍の中にも、中国の思想を感じさせる記述がありました。中国の思想を知ることは、書籍を読む上で必要だと感じたからです。
ここでは、中国の思想ではなく、シリーズの利点について取り扱います。
中国の思想には何があるのか、私はよく知りませんでした。手っ取り早く知るには、シリーズは便利です。自分では、選べないと感じました。
シリーズは、ある基準により対象を選定しているようです。そのため、その基準では、十分な対象を取り上げている気がします。
編集の仕方が一様の気がします。ある対象だけを誇張や美化したりせず、同じ態様で記述がなされているようです。対象を同じ立ち位置で読んでいるようです。そのためか、どの対象が一番いいとかダメだとかは、思いませんでした。それぞれの対象の特徴を知ることができたと思います。
個別に対象を選んだ場合、選定する対象のバラツキと、著者の対象へのひいきが考えられ、対象間に温度差が出る気がします。全体の中で、一つの対象を知るには、何らかの一定の基準は、あった方がいいと感じました。
しかし、これらは、編集方針を定め、それを忠実に実行する著者と編集者の努力が必要になることでしょう。このように見てくると、定評のあるシリーズは、読むことに挑戦してもいいかもしれません。
ただ、同じようなものを読むので、内容とは別に、読みが単調になる気がします。この場合、並行して別の本を読むのがいいようです。著者と編集者と同じで、読者は単調に立ち向かう工夫と努力が必要に思います。
3 調べるタイミング
わからなかったり、記憶があいまいだったり、読んで意味が通じない場合、辞書や辞典、インターネットなどで調べます。調べるタイミングは何時(いつ)がいいのでしょうか。
調べるタイミングは、いろいろ考えられます。
1.ページを次から次へと繰って、わからないと感じたことをひとまずチェックして、まとめて調べる。その後、本を読む。
2.本を読みながら、わからないと感じたら、すぐにそのことを調べる。
3.句点「。」まで、文の終わりまでは読んで、わからなかったことを調べる。
4.読んでいる段落が終わるまでは読んで、わからなかったことを調べる。
5.1章が終わるまでは読んで、わからなかったことを調べる。
6.本を読み終わってから、わからなかったことを調べる。
1~6を組み合わせたもの、これ以外のタイミングも考えられます。
なぜ調べるのかというと、何が書いてあるのかをわかるようにするためです。それが、言葉単独なのか、文単位なのか、・・・と言うことです。
多種多様な本があるので一概には言えませんが、本を読むのは本の内容を知るためです。もし、本の内容を知ることとすると、先に単語や事柄だけ抜き出しても、効果があるとは思えません。いくつもの意味を持った言葉や事柄があるからです。
一度、読んだうえで、言葉や事柄が何を意味しているのか推測しなければ、調べてもしっくりと合う意味を特定できません。内容と照らし合わせて、意味が特定されるということです。
私が試した結果、1段落を読み終えてから調べるのが、いいように思います。ある程度、内容を知ったうえですから、調べやすく理解しやすくなります。この場合でも、絶対のタイミングとは言えません。
また、一度に多くを対象にすると、嫌気(いやけ)がさして、調べたくなくなります。読む意欲を保つことが大切だと思います。多すぎるのは、よくありません。1段落毎に多くのことを調べるようなら、本を変えるとか、読み方を工夫した方がいいように思います。
実際には、1冊の本でいろいろなタイミングになっています。推測もできないような言葉の場合、その時に調べています。絶対にわからないからです。ある程度推測できる言葉や事柄ばかりの本の場合、読み終わってから、印をつけた言葉や事柄をまとめて調べたことがあります。
タイミングを逸(いっ)して、「調べない」ことがないようにしたいものです。
4 古典や初版から年数がたった書籍
この平成27年期は、積ん読の本や、初版から年数のたったものを読みました。
まず、古典です。先ほど書いた中国の思想です。
弟子の言い伝えによるものが多いようです。完全な形で残っているとは限らず、後世の人が手を加えた可能性があります。多くの人々や様々な時代を経てきたからこそ、本質にかかることが残ったのかもしれません。
それゆえに、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)を経ても現代まで残っているのかもしれません。生き抜いた思想は、変革期に有効に作用したようです。
古典は、人やものの共通点、本質をついています。また、人としての感覚も古典と現代の時代を超えて共通している気がしました。時代の変遷を経たにもかかわらず、色あせていません。昔から人は変わっていないようです。
古典を読むことは、時代を超えて、核心に触れている感じがしました。中国の思想は、日本の社会に根強くあるようです。読むと、今までの疑問が解けた気がしたことがありました。
気をつけたいと思ったのは、時代を考慮して読むことです。中国の思想の時代は、君主の時代で、民主主義ではありません。インターネットはなく、自動車もありません。価値観も違うでしょうから、古典の時代と現代を同列に考えることはできません。
次に、初版から年数のたった本についてです。
『「甘え」の構造』や『生きがいについて』、『日本の思想』です。初版から50年くらいたっています。多くの出版物が出てくる中で今もあるわけですから、今でも通用するということでしょうか。
半世紀もたつと、時代背景や流行語など、感覚をつかみにくいようです。その時代に生きないとわかりづらいということです。また、形式から見ると、1文が長くて読みづらさがありました。長い主語、述語です。
これらの書籍は、影響力があることです。特に『日本の思想』にある「タコツボ型」は、文化を語る文章にはよく出てきます。「タコツボ型」の意味を知るには、『日本の思想』を読んだ方がいいと思います。辞書にこの言葉は載っていません。勝手に推察して読むのは、内容を誤解する可能性があります。原典を読んでおく必要があります。
このように長く生き続ける本は、できるだけ読んだ方がいいと思いました。同じジャンルの本を読むときに、著者の真意にそって、理解できるかもしれないからです。
学問の発展は、研究の積み重ねです。このようなことからも、このような本を読むことは、新たな成果を生む土台となるかもしれません。
5 本の帯、広告など
弊サイトの「読んだもの」では、「副題など」で、帯や表紙の言葉を取り上げています。
この帯や表紙の短い言葉を取り上げる理由は、書籍の内容を簡潔に表現していることがあるからです。これは、著者や出版社の意図を感じることがあります。読みながら、読後、自分の感じたことと本の表現を照らし合わせると、いろんな考えが出てきます。他人と意見交換をしているような感じになることがあります。
しかしながら、書籍も売れなければ、出版社は経営で苦境に立たされます。利益を出すために、語調や書体を工夫し宣伝をしているはずです。それが影響しているのかどうかわかりませんが、宣伝文句と本の内容に違和感を覚えることがありました。本も商品であることをあらためて感じました。
帯や表紙の短い言葉は、役に立つことがあります。宣伝文句から、その時代を知ることができるかもしれません。帯付き、宣伝チラシが外れていないものを買うのがいいと思いました。本を保管する際も、それらと一緒にしておくのがいいと思いました。
5 3年たった感想
弊サイト開始から、丸3年になりました。未だに、読書への苦手意識はなくなりません。本を選ぶとき、ついつい読みやすそうなものを手に取ってしまいます。
日常では、新聞、取扱説明書、関係機関からの案内、道路標識などを気軽に見るようになりました。以前のように、眼や頭がキリキリしたり、すぐに疲れることは少なくなりました。
ウェブ上に掲載するということで、どうしても緊張します。いい加減なことはできないと思うからです。読み返してみると、至らないことが多いのに気づかされます。
しかし、ここまで続けられたのは、ウェブサイトにしたからだと思います。絶対に読みたくないと思う時も、1ページだけと思って、本を開いたこともありました。ページが増えないと、怠けているようで、自信をなくしてしまいそうだからです。
内容はともかく、ページ数が増えたことに、読書ができるようになるかもしれないという希望を持つようになりました。読書をできるようにする工夫は大切だと思います。
印象に残ったもの
この期は、どの本も刺激的でした。1冊が特によかったというよりも、今まで読んできた本とつながっていると感じることがあったからです。
読み方の技術では、№61『「読む」技術』の漢字をどう読むのかで、感じ方が変わるのに驚かされました。
№64『意識と脳』、№73『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、№74『視覚はよみがえる』、№75『「見る」とはどういうことか』、№77『心の視力』は、共通することが多くあります。
中国の思想シリーズ、№93『「甘え」の構造』、№98『日本の思想』も、組織と個人とは何かを考えさせられます。
№95『生きがいについて』は、私たちは何かを知るうえで、貴重なメッセージを発信している気がしました。
その他
健康管理
今年の初めに鼻の調子が悪くなりました。初夏に夏バテです。
この原因は、アルコール、甘いもの、水分の取り過ぎが原因のようでした。
鼻の調子が悪いのは、体の抵抗力が弱っていると思いました。耳鼻咽喉科で検査をしても問題がなく、投薬も効果を実感できませんでした。
たまたま、№83『癒す心、治る力』を読んだので、自分に足りないと思うことを実践しました。体質を改善することに挑戦しはじめました。
ところが、梅雨明けのジョギングで大量に水分を取ったところ、胃腸の調子が悪くなりました。そして、夏バテになりました。現在も、胃腸は回復していません。
胃腸の調子が悪い状態で、本を読むと、眼がチカチカすることがありました。根気も続きませんでした。
弊サイトをレスポンシブ仕様にする際、かなり不規則な生活をしました。短い睡眠、夜更かしなどです。
夜更かしすると、翌朝、体がだるくなります。午後3時頃に短い睡眠で、やっと回復する感じでした。
今から思えば、夜はしっかりと寝て、朝いつもどおりに起きる規則正しい生活をする方がよかったと思います。健康を維持でき、仕上がるまでの作業の効率もいいように思うからです。
気持ちだけ急(せ)いても、頭と体がついてこないと、どうにもなりません。
アルコールについて、感じたことがあります。
年を取ったこともありますが、アルコールを少し多めに飲んだ翌日は、眼が見えづらいことがあります。アルコールは眼にきます。
サイト運営
ウェブ解析では、訪問者様数のない日がたくさんありました。前期と状況は変わらないか、若干、少なくなっているようです。じっくりとご覧になる方もおられるようですが、わずかです。
ページ数が増えているにもかかわらず、訪問者様数が前期とほぼ同じということは、率からいえば訪問者様が激減したことになります。
その理由は、面白くないから、でしょうか。個人の趣味の延長線上にある内容ですから、致し方なしと言えます。
今後の方針
当期に、読み方についてまとめるつもりでしたが、果たせませんでした。
その理由は、読み方の方向性を定められなかったことがあります。読書とは何かを定めないと、アレもコレもとなって、とりとめのないものになってしまうからです。読書は、多様性に満ちています。
しかし、方向性が定まらないにせよ、3年間に感じた読み方を記録しておきたいと思いました。次期(平成28年期)は、読み方の記録を作ることを目指します。
おわりに
やっと、石の上にも三年、です。しかし、読めるようになったとは思えません。まだまだ、読みが足りないようです。
更新記録など
2016年9月26日(月) : 作成
2016年9月27日(火) : アップロード
2018年8月6日(月) : サイト運営の一部を削除