『視覚はよみがえる』
原題は『FIXING MY GAZE』。 ※ 「gaze」は、「じっと見ること」「凝視」などの意味。
- 副題など
- 原副題は「A Scientist's Journey into Seeing in Three Dimensions」。 ※ 「dimension」は、「次元」。
- 「三次元のクオリア」
- 帯には「脳は、すごい」「私たちは三次元で思考している- 48歳にして立体視力を奇跡的に取り戻した神経生物学者が、視えることの神秘、脳と視覚の真実に迫る。」とありました。
- 著者など
- スーザン・バリー(Susan R.Barry)氏著
- 宇丹 貴代実(うたん きよみ)氏訳
- 出版社など
- 株式会社筑摩書房 さん 筑摩選書
- 版刷など
- 2010年12月初版第1刷。
- ボリューム
- 254ページ。本文は233ページまで。
感じたこと
すばらしい本です。私たちは、目や脳の使い方をまだまだ向上できるかもしれません。
あの青い空は、いつの間に消えたのだろうか。
20歳を過ぎた頃に、空を見上げて気づいたことです。それから、私の青い空探しがはじまりました。
確か、少なくとも小学生の間は、どこまでも透き通るような、突き抜けるような、あの青い空があったはずです。いつ頃から無くなったのか、記憶をさかのぼっていました。やはり、工場や自動車の排ガスのせいなのだろうか。光化学スモッグ、黄砂、花粉、気象などが、あの感動的な青色をくすませているのだろうか。
もし、何らかの環境的な条件が原因なら、日々注意をしていれば、あの青色を見られるはずです。また、季節や場所、気象条件などが変わったときに、あの青い空を見られるはずです。その後、海外国内旅行を何度か経験しましたが、あの空に出会っていません。正月の三が日は、工場などの排気ガスが少ないのか、空気がよく澄んでいます。それでも、あの青さはないのです。台風一過の時も同じです。
いよいよ地球も公害に蝕(むしば)まれてしまったのかもしれない。オゾンホールに関係があるんだろうか。世界中の工場、自動車からの排ガスや粉塵が、成層圏あたりにかなりの濃度で浮遊しているのか。宇宙開発の結果、宇宙空間にゴミを放出し過ぎたのか。そのために、光りの波長がおかしくなって、あの青さがなくなったのだろうか。いろいろな憶測をしました。
社会人になって、センス・オブ・ワンダーという言葉を聞きました。子どもの時に、環境にあるものが光り輝いて見え、感動することをいうようです。私が聞いたのは、それは子どもの時にしか感じられないもの、というものでした。この言葉の意味を知ってから、あの青い空をあきらめました。映画『となりのトトロ』の主題歌のように、子どもの時だけなんだ、あの感触は、と思いました。
その後、こうすれば本が読めるかも、と思いついたことがありました。そして、その目と脳の使い方が実際にできるかどうかを試していました。
そんな頃、子どもを幼稚園に迎えに行った帰りのことです。子どもたちは公園で遊んでいましたが、私はすることがありません。準備体操のようなことをして、時間を潰していました。その時、ふと、空を見上げました。なんて、青い空なんだろう。この青さ、透明感、広がりと奥行き、そして、白い雲。子どもの時に見たあの空に限りなく近いのです。いや、そのものだと感じました。
どうして、このようなことが起こったのでしょうか。センス・オブ・ワンダーは、子どもの特権ではないのか。初老がそれを感じるはずがない。
考えられる原因として、精神にかかる負荷がありました。この頃、私は組織の縛りや仕事の緊張感から解放されていた時でした。やっと心の笑いと笑顔が一致するようになっていました。それまでは、引きつった笑い顔でした。
ストレスだけでなく、日常でも耐えず緊張感がありました。それが緩和されたとき、このような現象が起こるのかもしれないと。
この後、弊サイト制作の準備に取りかかりました。そして、疲れにくい目と脳の使い方を実践していきました。そこで感じたのは、ストレスなどの精神的なもののほかに、目の使い方も、色彩の感じ方に影響していると考えるようになりました。
目と脳の使い方、精神の作用が、ものの見え方に影響している、との考えに至りました。
さて、大学の公開講座で、光りの感じ方について聴いたことがあります。
人間には、光りを感じる桿体(かんたい)が1、色を感じる錐体(すいたい)が3、の合計4種類の視細胞があります。錐体には、青、緑、赤を感じる3つの視細胞があります。この4つの視細胞の組合せで、人は色を感じています。
ところが、緑の視細胞は、遺伝子、塩基配列、アミノ酸に個人差があります。そして、20人に1人の割合で、緑と赤の識別のできない人がいます。また、サルでは、性別により色覚の数が違う場合があるそうです。
結論として、色の感じ方は、個人差が大きいということになります。この講義では、細胞の経年変化によるデータの提示はありませんでした。
この視細胞が経年劣化するのであれば、次第に色の感じ方は変わります。劣化しないのであれば、脳の感じ方が変化したことになります。当然、その両方の兼ね合いも考えられます。
この青い空を再び見られたことに私は感動しました。しかし、それが本当に子ども時に見たものと同じかというと、新たに得た知識からいって、違うといわざるを得ません。なぜなら、同じ時やものは、その時にしかないからです。
子どもの時に感じたこと。身体の芯まで一気に突き刺すような寒さを今は感じません。稲の頭を風が走るとき、さらさらと葉音がしますが、それに心が騒ぐこともありません。台風や季節風に、独特の風音や環境の変化に、胸騒ぎを覚えることもなくなりました。そして、これらは慣れたからではなく、あきらかに私のセンサーが変化していると感じざるを得ません。
聴覚は、年を取るにつれ、聞こえる音域が狭くなるそうです。高音は特にそうなるようです。そういえば、黒板を走るチョークの金属を切るような高い音に、生徒は嫌悪しますが、教師は何ともなかったことを思い出します。
このことは、五感、第六感でも同じことが起こっているはずです。
そういえば、弊サイトを制作している今、いつの間にか、あの青い空を見失ってしまいました。それとも、その美しさに慣れてしまったのでしょうか。
願わくは、あの青い空をもう一度。
この書物を選んだ理由
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗氏著で紹介されていた本です。1ページにも満たない抜粋でしたが、私にとっては衝撃の内容でした。ぜひ、読みたいと感じました。
私の読み方
私にとっては貴重な内容でした。
著者が本を読めるようになったときの感動と、私のそれとはまったく同じでした。ただ、著者が斜視という視覚の不具合を持つのに対して、私はいたって視覚は正常です。
私がこの著書でもっとも注目したのは、目の見え方によって身体の使い方を変える、ことです。斜視の人は、自分の環境に適するように身体を使うのです。上記の「感じたこと」の中で触れましたが、目の見え方は人によって違います。見えたものの感じ方も違うのです。ということは、目の見え方、それに対する身体の使い方にも個性があるはずです。
目の健常者であっても、全ての人が同じように本を見ているわけではないのです。これは、『「読む」技術』石黒圭氏著に、読者それぞれの「読体」がある、という記述からもうかがえます。ただ、この記述はその人の性格や環境などによるものであり、身体的な要素には触れていないようです。ものの見え方は感じ方に影響を与えるため、「読体」には、目と脳など身体の使い方も含めるのが自然です。
著者の感動は、平面から立体視への移行の経験にあります。理論的に不可能と思われている成人になってからの立体視の獲得です。それは、視能訓練によって可能になったものです。そして、私が著者をラッキーだと思うのは、目と脳の使い方が本人にとって最適になったことです。その結果、著者は、健常者以上の見え方を手に入れています。
斜視である著者が自分の見え方が正常だと思っていたように、健常者は自分の見え方が正常だと思っています。そして、私もその1人です。しかし、本を読めないという現実に突き当たったとき、はじめて、目の使い方を疑うようになるのです。ですから、健常者だからといって、目と脳の使い方が最適になっているとは言えないのです。さらに、もっと、能力を向上できるかもしれないのです。
もう一つ、気になったのは、目の見え方をどのように変化させるかということです。目の見え方を変えると身体の使い方が変わります。では、身体の使い方を変えて、目の見え方を変えられるでしょうか。目に見えるものは脳に直結しています。見え方が変わらないと、行動を制御しにくいことは理解できます。しかし、今までにない環境や行動が、目の使い方を変えてしまうことも考えられます。その1つが、視能訓練だと思うからです。目の使い方、見え方、身体の使い方などすべてのことが、自分たちの行動に影響を与えているのです。ここから生ずる精神作用もまた、行動に影響しているはずです。
物事の何らかのきっかけで、突然に、本を読めなくなったり、スポーツができなくなったりすることがあります。それは、この目と脳の使い方、精神作用が影響しているようです。
人には個性があり、それぞれに応じた目と脳の使い方があります。しかし、共通した使い方や最適化の仕方もあるはずです。
本の読み方を考える前の私なら、この本に興味を持たなかったでしょう。斜視という不都合を抱えた人が読む本だと見向きもしなかったでしょう。しかし、今、本を読めるようになることを考えている私にとって、著者の、見え方、感じ方、視能訓練の体験、立体視の感動は、すべて意味のあるものに感じます。
弊サイトは、ニューロンや脳科学などの最先端科学を研究や応用する立場や環境にはありません。そして、その方向からのアプローチを考えていません。たとえ、ニューロンを増やす薬が開発されたとしても、目と脳の使い方を訓練する必要があるからです。今差し障りのあることについて視点を変えてみる。今できることを増やし深め広めていく。その方法は、スポーツや武道の練習にどうしても似通ってきます。具体的で、簡単にでき、コツ的な積み重ねが、効果を発揮するはずです。目と脳の動きと他の感覚が統合していくはずです。
形式です。本書は余白に特徴があります。上、左右は同じ幅の余白に見えます。下の余白は、上の2倍ほどの余白があります。見開き両ページの余白が、行間程度しかありません。この余白の意図はわかりませんが、不思議と読みやすいのです。
文字も小さめですが、読みに影響しません。むしろ、小さめがいいような気がしました。もしかすると、これは、この本を読みたいという強い意欲があったからかもしれません。これらの配置が、意欲を適度にコントロールしたのかもしれません。
翻訳本にありがちな直訳を意識したゴツゴツした文ではありませんでした。著者が日本語を話すかのような訳になっていました。内容を咀嚼(そしゃく)して日本語に訳したという苦労がうかがえます。自然な日本語に訳してもらえると、読む方は助かります。
「用語解説」「訳者あとがき」「資料2 参考文献」「資料1 検眼学と視能療法に関する情報」「索引」がついており、充実した作りとなっています。これからも、何回も開く本だと思います。
読んだ順番です。「目次」「序文」「謝辞」「訳者あとがき」「本文」その他、の順です。
読後、何より先に「用語解説」を読んでおいた方がよかったと後悔しました。本書の用語解説は24項目です。この用語は、本書を読み進めるうえで役に立ちます。必要なときに見ましたが、はじめに目を通しておいた方が、何かと便利です。解説は4ページですから、それほど時間もかかりません。最初に目を通しておくことをお勧めします。
読書所要時間など
- 所要時間
- 6日9時間43分
- 読み始め
- 2016(平成28)年2月23日(火)13時24分~
- 読み終わり
- 2016(平成28)年2月29日(月)~23時07分
- 読んだ範囲
- 書籍広告は見ていません。奥付は軽く目を通しました。索引は必要なときに使いました。参考文献は、外国語の部分を調べてまでは読んでいません。
取り上げられた書物など
- 『光と闇を越えて-失明についての1つの体験』 ジョン・ハル氏著
- 『知覚は行為である』 アルヴァ・ノエ氏著
- 『脳と視覚』 デイヴィッド・ヒューベル氏著
- 『脳は奇跡を起こす』 ノーマン・ドイジ氏著
調べたこと
- 1 天啓(てんけい)
- 2 骨を折る(ほねをおる)
- 3 頌歌(しょうか)
- 4 オード(ode)
- 5 洞察(どうさつ)
- 6 異口同音(いくどうおん)
- 7 探訪(たんぼう)
- 8 臨界期(りんかいき)
- 心理用語。
- 9 愕然(がくぜん)
- 10 ロジック(logic)
- 11 へま
- 12 物心(ものごころ)
- 13 遮眼子(しゃがんし)
- インターネットで調べました。
- 14 固視(こし)
- 本書の「用語解説」にあります。
- 15 匙を投げる(さじをなげる)
- 16 難読症(なんどくしょう)
- ディスレクシア(dyslexia)。インターネットで調べました。
- 17 艫(とも)
- 舟の後ろ。
- 18 舳(へさき)
- 舳先。舟の前の方。
- 19 尾索類(びさくるい)
- 20 斜頸(しゃけい)
- 21 瘢痕(はんこん)
- 22 趨勢(すうせい)
- 23 ディップ(dip)
- 24 進捗(しんちょく)
- 25 凝視(ぎょうし)
- 26 パントマイム(pantomime)
- 27 芸当(げいとう)
- 28 フィードバック(feedback)
- 29 範疇(はんちゅう)
- 30 訳知り(わけしり)
- 31 イグニション(ignition)
- イグニッション。
- 32 変哲(へんてつ)
- 33 変哲もない(へんてつもない)
- 34 覚しい(おぼしい)
- 思しい(おぼしい)。
- 35 叱咤(しった)
- 36 境地(きょうち)
- 37 雪嵐(ゆきあらし)
- 吹雪(ふぶき)のこと。
- 38 散漫(さんまん)
- 39 クオリア(qualia)
- 本書146ページ3行目あたりに、説明があります。
- 40 キルティング(quilting)
- インターネットで確認しました。
- 41 後退り(あとしざり、あとずさり)
- 42 有り触れる(ありふれる)
- 43 常軌を逸する(じょうきをいっする)
- 44 モノポリーゲーム(monopoly)
- ボードゲーム。
- 45 認める(したためる)
- 46 上の空(うわのそら)
- 47 質感(しつかん)
- 48 嬉嬉(きき)
- 49 旺盛(おうせい)
- 50 絨毯(じゅうたん)
- 51 天蓋(てんがい)
- 52 翡翠(ひすい)
- 53 ベクトグラフ
- 本書162ページに図画あります。
- 54 躊躇う(ためらう)
- 55 ・・・勝ち(・・・がち)
- 56 まごつく
- 57 始終(しじゅう)
- 58 まやかし
- 59 ステレオグラム(stereogram)
- インターネットで調べました。
- 60 オープニング・クレジット
- インターネットで確認しました。
- 61 狭窄(きょうさく)
- 62 敬虔(けいけん)
- 63 琴線(きんせん)
- 64 孵る(かえる)
- 65 パラダイム(paradigm)
- 66 戦く(おののく)
- 67 遮閉(しゃへい)
- 目を見えないようにすることをいうようです。参考:「遮蔽(しゃへい)」と区別する。
- 68 金切り声(かなきりごえ)
- 69 艫綱(ともづな)
- 70 先鞭(せんべん)
- 71 途方に暮れる(とほうにくれる)
- 72 杞憂(きゆう)
- 取り越し苦労(とりこしぐろう)。
- 73 壮麗(そうれい)
- 74 相対(そうたい)
- 75 公益社団法人日本視能訓練士協会さん
- J・A・C・O(Japanese Association of Certified Orthoptists)。
- 2012年度から社団法人から公益社団法人へ移行。
- ホームページを確認しました。「一般の皆様へ」の中の「ま目知識」はわかりやすかったです。このような記事がもっと増えるといいと思いました。
以下余白