『その〈脳科学〉にご用心』
原題は『BRAINWASHED』
- 副題など
- 「脳画像で心はわかるのか」
- 原副題は「The Seductive Appeal of Mindless Neuroscience」
- 帯には「『脳科学の濫用』と『神経中心主義(ニューロセントリズム)』への警鐘」、「脳科学リテラシーを身につける」とありました。
- 著者など
- サリー・サテル(Sally Satel)氏、スコット・O.リリエンフェルド(Scott O.Lilienfeld)氏共著
- 柴田 裕之(しばた やすし)氏訳
- 出版社など
- 株式会社 紀伊國屋書店 さん
- 版刷など
- 2015年7月10日第1刷。
- ボリューム
- 329ページ
感じたこと
「科学は人を支配し管理できるか」ということでしょうか。
これから述べることは私の考えですし、間違っているかもしれないことをはじめにお断りしておきます。
まったく同じ人間が生まれる可能性はあるでしょうか。
人間を構成する、脳、臓器、遺伝子、染色体などのハードウエアの面からから考えれば、同じ人間ができる可能性はあります。顔、体型が全て同じ人間です。数学を使って、その確率を出すこともできるでしょう。
では、思考、感じ方、行動様式、記憶などソフトウエアの面はどうでしょうか。一卵性双生児の研究では、まったく同じになることはないようです。必ず異なった部分が出てくるそうです。人間が生まれてから、環境、体験などによって、ソフトウエアの面が育まれていくのです。まったく同じ人間をつくるには、環境、体験などがまったく同じでなければならないのです。考えてみると、それは物理的に不可能です。寸分違わず、同じ場所に立つことが不可能だからです。影ですら主体と同じにはできません。似たような人間は存在しても、まったく同じ人間ができることはありません。
このソフトウエアの面で気をつけたいのが時間です。人間が地球上に存在してから今日まで、まったく同じ人間がいたでしょうか。ハードウエアの面では同じ人間が存在したとしても、時代が違うと環境だけでなく、価値観、生活様式までもが違ってしまいます。
ハードウエアとソフトウエアの面を合わせたものが人間とすると、まったく同じ人間は存在しません。科学はある基準で人間を分類しますが、それはある特徴が共通したものの集まりであり、全てにおいて同じということではありません。それとは違う基準で考えると、まったくバラバラの集合体になるのです。まったく同じ人が、過去、現在、未来に存在することはありません。
ここで私が言いたいのは、脳の構造に由来する機能は同じでも、感情、価値観、行動などは人によって違うということです。同じものを見て笑う場合、笑ったところは同じでも、感じ方に温度差などがあることです。人は、ソフトウエアの面では様々だということです。
さて、科学がついに、人間の脳の機能、感情の仕組みなどを突き止めた場合、人間のコミュニティはどのようになるでしょうか。
記憶されたデータの保存場所がわかり、その保存形式もわかった。感情の発生メカニズム、思考形態、行動様式のすべてがわかった。ハードウエアとソフトウエアなどの全てが解明された場合です。たとえば、いついかなる状況でも、発生する感情や思考を脳から機械的に読み取れることです。
この個々人のデータが集まるにつれ、同じ人が一人もいないことがわかることでしょう。「ある基準で同じカテゴリーに分類すること」と、「まったく同じである」ことを混同してはいけません。そして、理想的な社会を作るために、科学的にコミュニティの統一基準、たとえば法や倫理規範を作ろうと試みるでしょう。しかし、全ての人の条件を満たすものはできません。大多数において満足する基準しか作れません。この状況は、現在の状況と変わりません。
では、人の組合せを理想的にしてコミュニティを作る場合はどうでしょうか。基準を作った場合、条件から離れた人が少なくなります。しかし、コミュニティをいくつかに分ける必要がでてきます。しかも、人の流動性を確保する必要があります。国家を1つの基準で運営する場合、民族や主義主張の種類が多いほど困難になります。コミュニティ内部での紛争が多く深刻化します。歴史からみても、大きい国家が崩壊した事実、分断された国家の統合が物語っています。
科学が事実を分析、理解し、法則を明らかにしたとしても、それは後講釈(あとこうしゃく)です。科学は、既にある法則を発見し理解し応用しますが、宇宙の法則を作り出すわけではありません。当たり前のことですが、科学が何かを創造した場合、創造したものから法則を発見しようとはしません。その法則に基づいて創造したからです。同じ人間が存在しない以上、たとえ複数の基準を適用したとしても、人間を満足させることはできないでしょう。人間は多様性に満ちており、科学は人間の思考方法の一部でしかありません。
本書では裁判について取り扱っていました。この事実認定が根本的に変わってきます。人間の脳の中の記憶を取り出し、ドライブレコーダーを見るかのようになるのです。加害者と被害者の見る位置は違うものの、事実がわかるようになるのです。大相撲、プロ野球で審判の判定に、ビデオ判定をくわえるようなものです。しかも、事件の、前段階から動機、結果、心の動きまでわかるのです。事実を把握できるだけでなく、当事者のそれぞれの状態までわかるのです。
刑事事件の場合、事実認定、動機を正確にわかるだけに、より公正な裁判が期待できます。しかし、この場合、犯罪をする人間の構造がわかったとしても、罪に問わないということは絶対にありません。それは、人間がそれぞれに違うからです。違うからこそ、ルールである法律が必要なのです。
もし人間が全て同じだとしたら、犯罪を予知でき、犯罪の方法や規模もわかるはずです。誰もが周囲の人の考えや行動がわかるようになるはずです。裁判所は、罪の重さを機械的に決めるだけです。何も人間がしなくても、ロボットにそれを任せればいいのです。
民事事件では、お互いの意思の内容を確認できるので、和解が増えることでしょう。行政事件では、制度や構造の人を基準とした場合の欠陥がわかり、処分件数が減っていくかもしれません。
人間が全て同じだとしたら、人類の発展はないかもしれません。なぜなら、私たちの知覚の範囲内の定められた能力しか持たないからです。人間が未知数だからこそ、人類が発展してきたのです。
余談ですが、脳の側坐核(そくざかく)の活発な人ほど、ウソをつくことが多いそうです。京都大学の研究でわかっているそうです。しかし、側坐核(そくざかく)はウソだけを担当しているわけではありません。ウソをつきやすいことだけがわかっているのです。しかし、脳科学の進歩により、人間の全てが解析された場合、人はウソをつくことが無駄であること知ります。この場合、ウソをつかなくなった人間の側坐核は、だんだんと活性を失い、退化していくのでしょうか。人類からウソが完全になくなるのでしょうか。
このように考えていくと、科学が人を支配や管理できないことがわかります。その最大の原因は、全ての人が違うからです。まったく同じ人がいないからです。人が科学を使うことはあっても、その逆はありません。
科学が絶対という考え方は、非科学的といえます。科学は1つの考え方であり、手法でしかありません。そして、科学が不動の地位を確立するために、やらなければならないことがあります。それは、科学の限界を自らが証明することです。
この書物を選んだ理由
新聞の読書欄で見つけました。前回取り上げた『意識と脳』を読んでいる最中だったので、非常によいタイミングでした。
私の読み方
なぜか、読みが進まない読書となりました。その原因は、翻訳本の特徴にあるのかもしれません。原本に忠実に翻訳しようとすると、言葉をどうしても多く並べたり、長い一文になるようです。一読すると、文意がねじれていると感じることもありました。その箇所を注意しながら前後の文を確認すると、何を言いたいのかがわかりました。文章がおかしかったのではありません。私の文を理解しようとする注意力が足りなかったのです。
本書を読み始めたときは、いつもどおりに読んでいました。しかし、なかなか、読み進められないことに、イライラ感が募ってきました。経験上この感覚になると、読書どころではなくなります。そこで、一文一文をよく味わって読むようにしました。「読書は、時間がかかり、面倒くさいもの」に心構えを変えました。そして、ゆったりとした気持ちで読むことにしました。すると、楽に読めるようになりました。
本書の原注は参考になります。と言うよりは、本文の一部を注に移した感じです。注を読まなくても、本文の内容はわかります。しかし、注の内容は、1つの見解を示していることがありました。本来、本文の中にあっても、よさそうな内容です。ですから、注だけを読んでもかなりの知見を得られます。
読む順番ですが、まず、表紙から目次までを読みました。次に、「謝辞」、「訳者あとがき」、本文の順です。本文の「注」は、その文や一段落の終わりに読みました。外国語の部分は目を通す程度で、言葉を調べてまでは読んでいません。
「謝辞」は言葉どおりで、著者のあとがきのように、本書を著した際の注意事項は書かれていません。しかし、どのような人たちがこの著作にかかわり、多くの労力がつぎ込まれたのかがわかります。
「訳者あとがき」には、翻訳での注意事項の記述はありません。原作者に代わって、「あとがき」が書かれたという感じです。本書の概要、著者の立場など、エッセンスが集約されています。最初に読んだので、読み進めるうえで、本書の意図が最後までぶれませんでした。
「謝辞」「訳者あとがき」を本文より先に読んだことは、読みを進めるうえで有効でした。
体裁です。1行45文字程度、文字の大きさは9ポイント程度です。文字は少し小さく感じますが、1行の全体が中心視野に捉えられます。上下左右、見開きの中心の余白は適当で、たいへん見やすかったです。
詳しく正確に伝える意図を感じる括弧書きですが、煩わしく思いました。できれば、括弧を外し、文中に溶かし込んで表記する方が読みやすいはずです。しかし、後で、特定の部分を読み返すとなると、括弧書きも文中に溶かし込む表記も、探すのに苦労します。巻末に索引を作り、その中に専門用語の解説を織り込むのが実用的だと思います。
読み方は、見開きページを視界に入るようにして、必要な箇所を読む方法です。このたびは、2、3行をはっきりと見て、読み進めました。ただ、何度もわかりづらい箇所を読んでいると、1行どころか、7、8文字くらいしかはっきりと見られません。意識と視界が連動していることがわかります。
理解ができずにイライラしたところは、頭の中が熱くなる感じがして、冷静さを失ったところがありました。この状態では、もはや読書どころではありません。いかに、このイライラ感を起こさせないかの課題は、疲れにくく十分な読書をするためには、解決すべきものと感じます。感情なのか、それとも理解のノウハウなのか、その両方の兼ね合いなのか、対策を練る必要があります。
いずれにせよ、本書は考えずにはいられない内容になっています。自分の経験や社会状況と照らし合わせながら、十分に時間をかけて読むと、味わい深い感触を得られます。頭を使う本でした。
読書所要時間など
- 所要時間
- 16日20時間36分
- 読み始め
- 2015(平成27)年10月29日(木)22時27分~
- 読み終わり
- 2015(平成27)年11月15日(日)~19時03分
- 読んだ範囲
- カバー、帯、本書。ただし、原注の英語の部分は、眺めただけで読んでいません。著者紹介などの奥付は軽く目を通しました。
取り上げられた書物など
- 『意識は傍観者である-脳の知られざる営み』David Eagleman氏著
- 『現代思想新書第6巻-心理学の根本問題』William James氏著
- 『自分を知り、自分を変える-適応的無意識の心理学』Timothy Wilson氏著
※ その他多数の書籍、文献の紹介がありました。
出来事
10月29日(木) 中国が、1979年から続いてきた一人っ子政策の廃止を決定。
11月11日(水) 国産初のジェット旅客機が初飛行。
11月13日(金) フランスのパリで同時多発テロが発生。国家非常事態を宣言。
調べたこと
調べたことは、おおよそ読んだ順番になっています。「目次」「謝辞」「訳者あとがき」、本文の順です。その他は、順序不同です。
- 1 brainwash
- 洗脳。本書では、私たちが脳科学に洗脳されていることをいっているのでしょうか。
- 2 seductive
- 誘惑の。魅力的な。
- 副題である「The seductive appeal of mindless neuroscience」を直訳すると、「心ない神経科学の人目を引く訴え」です。本書の意図を汲むと「厚かましい神経科学の真実に見せかける手段」でしょうか。簡単に言うと「欺瞞(ぎまん)に満ちた神経科学」とか「我田引水の神経科学」でしょうか。
- 3 謝辞(しゃじ)
- 4 素人(しろうと)
- 「しろおと」ではないことに注意する。
- 5 敏腕(びんわん)
- 6 揮う(ふるう)
- 「振るう」「奮う」を区別する。
- 7 エージェント(agent)
- 協力者の意味でしょうか。
- 8 補正(ほせい)
- 「補整(ほせい)」と区別する。
- 9 虚偽(きょぎ)
- 10 濡れ衣(ぬれぎぬ)
- 11 リテラシー(literacy)
- 知識、情報などを使う能力のこと。
- 12 オーラ(aura)
- 13 シンクタンク(think tank)
- 14 一元的(いちげんてき)
- 15 本望(ほんもう)
- 16 崇拝(すうはい)
- 17 ポストモダニズム(post-modernism)
- 18 所産(しょさん)
- 19 タペストリー(tapestry)
- 20 魅了(みりょう)
- 21 殿堂(でんどう)
- 22 揺籃期(ようらんき)
- 23 悪名(あくめい、あくみょう)
- 24 茶化す(ちゃかす)
- 漢字は当て字。
- 25 当て字(あてじ)
- 宛字(あてじ)。
- 26 身を焦がす(みをこがす)
- 27 俎上に載せる(そじょうにのせる)
- 28 真摯(しんし)
- 29 苛立つ(いらだつ)
- 30 目を引く(めをひく)
- 31 心底(しんそこ)
- 32 発作(ほっさ)
- 33 百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
- 34 濫用(らんよう)
- 乱用。
- 35 帰趨(きすう)
- 36 吟味(ぎんみ)
- 37 斬首(ざんしゅ)
- 38 いかがわしい
- 39 蔑ろ(ないがしろ)
- 40 諍い(いさかい)
- 41 後釜(あとがま)
- 42 目付役(めつけやく)
- 43 辺境(へんきょう)
- 44 推断(すいだん)
- 45 謳う(うたう)
- 46 目眩く(めくるめく)
- 47 現を抜かす(うつつをぬかす)
- 48 性向(せいこう)
- 49 謳歌(おうか)
- 50 宣う(のたまう)
- 51 骨相学(こっそうがく)
- 52 空隙(くうげき)
- 53 描出(びょうしゅつ)
- 54 教父(きょうふ)
- 55 幕間(まくあい、まくま)
- 56 生憎(あいにく)
- 57 必定(ひつじょう)
- 58 癲癇(てんかん)
- 59 等閑(なおざり)
- 「御座なり(おざなり)」を区別する。
- 60 正真正銘(しょうしんしょうめい)
- 61 新興(しんこう)
- 62 捲し立てる(まくしたてる)
- 63 研究プロトコル
- 本書では「研究計画書」。
- 64 査読(さどく)
- 65 敬虔(けいけん)
- 66 チアリーディング(cheerleading)
- 67 集団浅慮(しゅうだんせんりょ)
- 集団思考(しゅうだんしこう)。groupthink。決定において、集団が個人の質に劣ることをいう。心理学用語。
- 68 ニッチ(niche)
- 「地位」という意味で使われているのでしょうか。
- 69 コード化
- 本書には「経験したことを記憶として取り込むこと」とありました。
- 70 大立者(おおだてもの)
- 71 ヒューリスティック(heuristic)
- 心理学用語。
- 72 フレーミング効果(framing effect)
- 本書に解説があります。心理学用語。
- 73 センセーション(sensation)
- 74 シーケンス(sequence)
- 75 ベール(veil)
- ヴェール。
- 76 開闢(かいびゃく)
- 77 警鐘(けいしょう)
- 78 跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)
- 79 不首尾(ふしゅび)
- 80 ジャンク(junk)科学
- 「エセ科学」や「疑似科学」のことのようです。インターネットで調べました。
- 81 説得(せっとく)
- 82 クリップ(clip)
- 宣伝用の映像のことのようです。プロモーションビデオのことでしょうか。
- 83 陳腐(ちんぷ)
- 84 誤謬(ごびゅう)
- 85 氾濫(はんらん)
- 86 宿痾(しゅくあ)
- 87 曝露(ばくろ)
- 暴露(ばくろ)。
- 88 何しろ(なにしろ)
- 89 離脱症状(りだつしょうじょう)
- 禁断症状(きんだんしょうじょう)、退薬症状(たいやくしょうじょう)。
- 90 清明(せいめい)
- 91 褪せる(あせる)
- 92 パラダイム(paradigm)
- 本書では「理論的枠組み」。
- 93 擁護(ようご)
- 94 慈悲(じひ)
- 95 更生(こうせい)
- 「更正(こうせい)」と区別する。
- 96 セラピスト(therapist)
- 療法士、治療士。
- 97 疼く(うずく)
- 98 節制(せっせい)
- 99 類(たぐい、るい)
- 100 目覚ましい(めざましい)
- 101 斥ける(しりぞける)
- 102 焚き付ける(たきつける)
- 103 お門違い(おかどちがい)
- 104 治験(ちけん)
- 105 私信(ししん)
- 106 メタ分析(めたぶんせき)
- meta-analysis。心理学などでよく使われる統計的手法。
- 107 マインドフルネス(mindfulness)
- 積極的にあるものに注意をむける活性の高い心的状態。自分の外に注意が向けられる状態。これに対義するのは、「マインドレスネス(mindlessness)」で、自分に注意が向けられる状態。
- 108 悖る(もとる)
- 109 雪ぐ(すすぐ)
- 人の名誉にかかわることを取り除くこと。
- 110 受け容れる(うけいれる)
- 受け入れる(うけいれる)。
- 111 端役(はやく)
- 「はしやく」と読むのは、間違いです。
- 112 まごつく
- 113 反駁(はんばく)
- 114 反芻(はんすう)
- 115 リハーサル(rehearsal)
- 予行演習のことと思っていましたが、何かが微妙に違うようです。
- 116 挫ける(くじける)
- 117 スペクトル(spectre)
- フランス語。
- 118 殺める(あやめる)
- 危める(あやめる)。
- 119 生来(せいらい)
- 120 案の定(あんのじょう)
- 121 業火(ごうか)
- 122 十把一絡げ(じっぱひとからげ)
- ここからは冗談です。私はこれを捩(もじ)って「十羽一唐揚げ(じっぱひとからあげ)」と言っていました。十羽の鶏肉を一度に唐揚げにするということで、一気に仕事を片付けるときに冗談で言っていました。重要な仕事というのは滅多にありません。ほとんどが雑用に近いものです。ダラダラするより、一気にする方が、処理がはかどります。全然、意味は違うのですが、後でおいしい思いができれば言うことはありません。
- 123 一巻の終わり(いっかんのおわり)
- 124 諸刃の剣(もろはのつるぎ)
- 125 拘禁(こうきん)
- 126 斟酌(しんしゃく)
- 127 阻む(はばむ)
- 128 言うは易く行うは難し(いうはやすくおこなうはかたし)
- 129 よすが(縁、便、因)
- 130 言語に絶する(げんごにぜっする、ごんごにぜっする)
- 131 瞠目(どうもく)
- 132 采配(さいはい)
- 133 吝かでない(やぶさかでない)
- 134 コミュニティ(community)
- 135 自警(じけい)
- 136 言語道断(ごんごどうだん)
- 137 凍て付く(いてつく)
- 138 渦の目
- 「うずのめ」でよいのでしょうか。「渦」は、変化の激しいところの表現に使われるようです。段落の後半に「力強いうねりに巻かれれば・・・さらわれてしまう・・・」とありました。このことを言っているようです。
- 139 錨(いかり)の役割
- 英語ではanchorです。力と頼むものとして比喩的に使われます。要は、「よりどころ」のことです。
- 140 埒外(らちがい)
- 141 所以(ゆえん)
- 142 学際(がくさい)
- 「学祭(がくさい)」と区別する。
- 143 叡智(えいち)
- 144 考量(こうりょう)
以下余白