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読んでやる! 読んだもの
№53 『精神医学から臨床哲学へ』

 臨床哲学とは何でしょうか。精神医学から分かれた新しい分野なのでしょうか。本書が自伝であることを読み始めるまで、わかりませんでした。自伝でありながら個人的な経緯より、臨床哲学への道筋を中心に書いてありました。父母の死の捉え方、臨床哲学と自分の思いへの記述は、味わい深いものでした。それは精神科医である著者ならではの洞察と経験によるのだと思います。

『精神医学から臨床哲学へ』

著者など
木村 敏(きむら びん)氏著
出版社など
ミネルヴァ書房さん
版刷など
2010年4月初版第1刷。読んだものは、2010年11月初版第2刷。
ボリューム
348ページ

感じたこと

 本書から2つのことを感じました。1つは、歴史・人生に対する考え方、もう一つは技術の変化についてです。

 1つ目の歴史・人生についてです。
 書籍『人間の基本』『歴史哲学への招待』から考えると、本書の著者の人生は、なるほどと思えます。人間は生まれながらにして、不公平、不平等であり、運、偶然に左右されることがよくわかります。著者は、才能、環境、人脈、運に恵まれています。成功に必要と言われる「天の時、地の利、人の和」の全てが、著者の人生には揃っています。
 著者の学習能力は秀でています。特に外国語の習得には驚きました。ご兄弟も同様に学習能力が高いことがわかりました。これは、ご両親からの遺伝なのでしょう。お医者さんの家に生まれ育ったのですから、環境も申し分ないと言えます。人の和もその時々の出会いが、うまく噛み合っています。仕事での運などもタイミングがよいように感じました。これだけ恵まれた人も少ないように思います。
 私は著者の人生の歩み方で注目したところがあります。それは、自分のできることに、確信を持っていたことです。試験なら勉強すれば何とかなる、というようなものです。そして、運頼みをしていないことです。自分にできることを着実にこなしているのです。その時に、運や巡り合わせがあり、貴重な経験や実績に変えています。
 将来の見通しについても不思議なものを感じました。専攻、留学先などの将来の方向性の決め方です。著者が熟慮されて決められたことはわかります。しかし、自分の考え方や思い、感情に素直なのです。できないことを無理矢理やろうという感じがありません。自分の興味のあることをやっていこうという感じなのです。
 現実の能力と気持ちが、将来に向かう方向性と同じように感じます。
 他者が書いた伝記があれば、自伝と読み比べて見たいと思いました。伝記と自伝のどちらが本当の人物を現しているのか興味のあるところです。

 もう1つの技術の進歩に関することです。
 治療技術が進歩しさえすれば、患者や人は満たされるのかという問題です。医療に限らず、いろいろな議論がありました。安楽死、人工授精、クローン、機械化による雇用の減少や人間性の喪失です。ここには、感情を持った人間の葛藤があります。
 どのように生きるべきか、個人の尊厳は、生物としての人間のあり方、など、技術の進歩があるときには、必ず、技術と人の問題が取り上げられてきました。技術の進歩は人間にとって、生きる質を向上させるものと思われてきました。しかし、現実には、その逆のこともあります。人間と技術の進歩は、今後も永遠に続くと思われます。しかし、人間そのものが何であるかを知ろうとしなければ、いかなる技術の善し悪しもわかりません。確立された技術と人間が、どのように共存するのか運用上必要なことです。技術と人間に摩擦を生じたとき、どのように改善するのかを考えることになります。この人と技術は絶えず直面する問題です。
 私は医療のことは門外漢です。先にこのことを申し上げたうえで。
 さて、本書の中に、DMS-Ⅳ、ICD-10が取り上げられていました。世界の統一基準を作れば、病気や治療に対する評価が同じ土俵で行えます。そして、治療に対する技術の向上が見込めるというものです。もう一つ、気になるのが、トリアージです。大事故が起こった場合に、生存の可能性の高い人から治療を施そうとするシステムです。
 これは、医療におけるシステムの新技術が導入されたと言えます。本来このシステムは、患者一人一人を治療する考えから出てきたもののはずです。しかし、多くの患者を治療するには、典型的な病気で患者を分類するのが効率的です。力量が限られた場合、一人でも多くの人を助けるには、生存の見込みのある人から治療をするのも必要な考え方です。
 私が危惧するのは、大半の医療機関や医師が分類することが自分たちの本来の役割として働くことです。基準を絶対的なものとして扱うことです。本来この基準は治療の1つの指針であり、治療は医師によるべきです。なぜなら、医師は病気の人を治すのが仕事で、病気を分類するのが仕事ではないからです。そして、昔から「病気を診て、人を診ず」と聞きます。病気と人を分けることはできないはずです。
 もう一つ薬について、考えることがあります。患者を病気ごとに選別し、投薬で社会生活ができるようになればそれでいいのか、という問題です。投薬で社会復帰を果たすのは、対象となった人だけです。しかも、病気だけに焦点が絞られています。病気になった原因などの追求はどこに行ったのでしょうか。社会環境がその原因だとしたら、いくら治療をしても、新たな患者や再発者で医療機関はあふれかえるかもしれません。また、その子どもたちも、遺伝ではなく環境により、そのような状態になる可能性も考えられます。
 人間にとって、精神の作用は、良くも悪くも作用します。その人一代に限って治療を行うのは、人類にとって限界があるかもしれません。そして、精神は、人類の問題とも言えます。患者と医師だけでなく、健常者も含めた、社会環境作りが必要です。患者にとって優しい環境は、健常者にとっても過ごしやすいはずです。このテーマを考え続けて、問題に対処しなければ、人類の未来は暗いかもしれません。
 このように考えると、生きるのは人間だということを強く意識します。人とは、何か、どうあるべきか、何をすべきか、などに答えようとすることに意義を感じます。私たちは、薬に生かされるのではありません。また、利益を追求する道具でもありません。さらに、利益の対象でもありません。「人」と「私たちを取り巻くもの」をゴッチャにしていると思うのです。
 医療の新システムにせよ、技術の進歩にせよ、世の中にゴッチャが起きるようです。「人」があっての「私たちを取り巻くもの」があるはずです。しかし、もしかすると、この考え方は、もはや私たちの中から消えてしまったのかもしれません。いずれにせよ、答えを得るには、このことを考えるしかありません。
 話を戻すようですが、薬が人を助けているのではなく、人が薬を使っているのです。システムが人を管理しているのではなく、人がシステムを使っているのです。生身の人間は、感情があり個性があり、その時々により変化します。この生身の人間をどのように考えるのでしょうか。即答は無理かもしれません。しかし、考え続けないと、答えは出ませんし、環境の変化にも追いつけません。生身の人間を考えない開発されたものや制度は、私たちにどのような豊かさをもたらしてくれるというのでしょうか。
 このことを考えると、技術の進歩や新システムの開発、導入、運用には、生身の人間とは何かという答えを求め続ける姿勢が必要な気がします。ものごとの根底に、人としての哲学が必要なのです。しかしながら、これからも、ゴッチャは繰り返されることでしょう。

この書物を選んだ理由

 本書は、新聞に紹介されていました。それを見て、表題に興味を持ちました。臨床哲学とはなんだろうか、という疑問。精神医学からの新しい分野の確立なのか、それとも、根底に流れる考え方なのか。その理由が知りたくて、本書を手にしました。

私の読み方

 本書の特徴は、注が見開きページの左側に記載があることです。これは、本書の特徴というより、ミネルヴァ書房さんの特徴のようです。弊サイト既出の『最高の職場』『歴史哲学への招待』も同様です。この注の記載の方法は、よくできています。よくあるのは、巻末や章末に注をまとめて記載している本です。これだと、ページをめくるのが面倒で、注を読むのがストレスになります。
 注をストレスなく読むには、本文の中に埋め込んで記述することが考えられます。この場合、注の表記がなくなります。しかし、文章が冗長になり、論点がボケやすく、理解しづらい場合があります。
 たとえば、本文の上下の余白に注を記述した書籍もありました。注の直近に、その記述があるのですが、不思議に読みづらいものを感じます。読むリズムが崩れる気がします。おそらく、注の記述を別枠として感じているのでしょう。
 この見開きページの左側に注の記述をしたのは、読むリズムが崩れにくいのです。おそらく、注であることがすぐわかることと、その記述が本文と同じ調子になっていることが、その原因ではないかと思っています。

 老眼になってから、文字を小さく感じます。また、読む速度が遅くなっているように感じます。文字を理解して、先を読むのに、時間がかかっているのです。やはり、老眼鏡をかけた方がいいのかもしれません。はっきと文字が見えればいいというものではなさそうです。脳に文字を意識させる見え方があるのかもしれません。もし、そうだとすると、矯正する必要があります。老眼鏡を考える時なのかもしれません。

 本来、感じたことで書くことかもしれませんが。
 本書の巻末近くにある、「3 最近の身辺」「跋 精神医学から臨床哲学へ」は、たいへん味わい深いものがあります。著者の人生が凝縮されているようです。それでいて違和感がありません。臨床哲学の実践が、これらの考えを生み出し記述を可能にしたのでしょう。
「あとがき」は自伝の注意書きのようです。自伝についての著者の責任感のようなものを感じました。端折(はしょ)らずに読んでよかったと思いました。

【関連する書籍】
 ・『患者必携 がんになったら手にとるガイド 普及新版』 国立がん研究センターがん対策情報センターさん編著

読書所要時間など

所要時間
19日5時間57分
読み始め
2015(平成27)年6月24日(水)16時20分~
読み終わり
2015(平成27)年7月13日(月)~22時17分
読んだ範囲
 注で外国語の記述は、目を向けましたが読んでいません。主要著作一覧、書籍広告は、見ていません。略年譜、事項索引、人名索引、著者紹介は、必要なときに使いました。それ以外、わからない外国語を除く部分以外は読みました。

取り上げられた書物など

  • 『精神病理総論』 ヤスパース氏著
  • 『知覚の現象学』 メルロ=ポンティ氏著
  • 『霊魂論』 アリストテレス氏著
  • 『存在と時間』 ハイデガー氏著
  • 『人間と実存』 九鬼周造氏著

 ※その他多数の書籍の記述がありました。

出来事

 7月9日(木)子供が金魚すくいで4匹持って帰る。
 7月13日(月)金魚4匹が仮住まいから買った水槽に引っ越しする。
 7月14日(火)水槽に金魚のお家を入れる。

ひととき

ユウヤケ

 夕方から晴れ間が見えはじめていました。何か明るいので外をみると、夕焼けになっていました。梅雨時の夕焼けは、独特の色合いできれいです。久しぶりに見ました。
 2015(平成27)年7月2日(木)撮影。

調べたこと

1 求道(きゅうどう、ぐどう)
2 風光明媚(ふうこうめいび)
3 麓(ふもと)
4 庶子(しょし)
5 傍流(ぼうりゅう)
6 スティグマ(stigma)
差別的否定的評価。
7 入水(じゅすい)
8 従兄弟(いとこ)
従姉妹(いとこ)。
9 癲癇(てんかん)
10 山紫水明(さんしすいめい)
11 血道をあげる(ちみちをあげる)
12 瀟洒(しょうしゃ)
13 奔放(ほんぽう)
14 不羈(ふき)
15 デモーニッシュ(dämonisch)
ドイツ語。超自然的。
16 薫陶(くんとう)
17 斥力(せきりょく)
18 ヒステリック(hysteric)
19 禍禍しい(まがまがしい)
20 生生しい(なまなましい)
21 インターン(intern)
22 旋法(せんぽう)
23 邪道(じゃどう)
24 手許(てもと)
手元。
25 錚錚(そうそう)
26 躓く(つまずく)
27 琴線(きんせん)
28 試金石(しきんせき)
29 先入見(せんにゅうけん)
先入観(せんにゅうかん)。
30 疎ましい(うとましい)
31 彫琢(ちょうたく)
32 嘱望(しょくぼう)
33 従妹(じゅうまい)
34 精悍(せいかん)
35 言い付かる(いいつかる)
36 目の当たり(まのあたり)
37 目論見(もくろみ)
38 剽窃(ひょうせつ)
39 上梓(じょうし)
40 嘴(くちばし)
41 嘴が黄色い(くちばしがきいろい)
42 鄭重(ていちょう)
丁重(ていちょう)。
43 華奢(きゃしゃ)
44 奇しくも(くしくも)
45 開眼(かいげん)
「かいがん」と読めば別意。
46 酣(たけなわ)
闌(たけなわ)。参考:宴(えん)たけなわ。
47 怪訝(けげん)
48 癇性(かんしょう)
癇症(かんしょう)。
49 侍医(じい)
50 颯爽(さっそう)
51 師家(しけ)
52 立錐の余地もない(りっすいのよちもない)
53 辛い(からい)
参考:辛い(つらい)。
54 一脈(いちみゃく)
55 知遇(ちぐう)
56 腫脹(しゅちょう)
57 天成(てんせい)
参考:天性(てんせい)、天生(てんせい)。
58 投企(とうき)
哲学用語。
59 多産(たさん)
60 私淑(ししゅく)
参考:親炙(しんしゃ)。
61 消褪(しょうたい)
消退(しょうたい)。
62 寛解(かんかい)
63 改竄(かいざん)
64 論客(ろんかく、ろんきゃく)
65 寓居(ぐうきょ)
66 日常茶飯事(にちじょうさはんじ)
67 アジ
アジテーション(agitation)。扇動。
68 対蹠(たいしょ)
正反対。
69 一家言(いっかげん)
70 百家争鳴(ひゃっかそうめい)
71 スペクタクル(spectacle)
72 啓蒙(けいもう)
73 レセプション(reception)
74 ハイライト(highlight)
75 頽落(たいらく)
ハイデガーが用いる哲学用語。
76 献辞(けんじ)
献詞(けんし)。
77 廃墟(はいきょ)
78 節を折る(せつをおる)
79 フィナーレ(finale)
イタリア語。
80 個物(こぶつ)
哲学用語。
81 マニフェスト(manifesto)
82 乖離(かいり)
83 嚆矢(こうし)
84 レパートリー(repertory)
85 江湖(こうこ)
世間。
86 難物(なんぶつ)
87 パヴィヨン
調べましたが、わかりませんでした。
88 祥月命日(しょうつきめいにち)
89 遷化(せんげ)
90 窮極的(きゅうきょくてき)
91 初出(しょしゅつ)
92 如才ない(じょさいない)
如在ない(じょさいない)。
93 アクチュアル(actual)
94 把持(はじ)
95 余波(よは)
96 提題(ていだい)
97 仲違い(なかたがい)
98 客死(かくし、きゃくし)
99 折悪しく(おりあしく)
100 辞去(じきょ)
101 自弁(じべん)
102 ナルシシズム(narcissism)
103 推戴(すいたい)
104 衣鉢(いはつ、えはつ)
105 紛う(まがう、まごう)
106 超絶(ちょうぜつ)
哲学用語。超越(ちょうえつ)とも。
107 間、髪を容れず(かん、はつをいれず)
108 鼎談(ていだん)
109 言説(げんせつ)
110 プロレプシス(prolepsis)
予弁法(よべんほう)。
111 意味深長(いみしんちょう)
112 人伝(ひとづて)
113 跋(ばつ)
114 相俟って(あいまって)
115 標榜(ひょうぼう)
116 プライオリティ(priority)
117 擱く(おく)
参考:擱筆(かくひつ)。
118 海容(かいよう)

 以下余白

更新記録など

2015年7月15日(水) : アップロード
2016年1月22日(金) : レスポンシブ様式に改装
2017年8月25日(金) : 「私の読み方」に【関連する書籍】を追記しました。